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歴史総合 近代6
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Mr.FS
2025年11月25日
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黒船来航から廃藩置県までの時代の総称
明治維新
1868年、明治政府の基本方針である( )が、明治天皇が神に誓う形で発布された。
五箇条の誓文
越前の( )は、誓文の原案を起草した。
由利公正
土佐の( )は、由利公正が書いた誓文の原案を修正した。
福岡孝弟
長州の( )は、修正された誓文の案を更に加筆修正した。
木戸孝允
1868年、人民の心得を示した高札である( )が、五箇条の誓文の翌日に発表された。
五榜の掲示
五榜の掲示に示された、儒教で人々が守るべき5つの道徳
五倫
五榜の掲示の1つに( )の禁止があったが、1873年に撤廃された。
キリスト教
1868年、新政府の基本的組織について明記した( )が公布された。
政体書
政体書はアメリカの制度を参考に、土佐の( )と肥前の( )により起草された。
福岡孝弟 副島種臣
明治政府の最高国家機関
太政官
太政官制において、( )は行政を、( )は司法を、( )は立法を担っていた。
行政官 刑法官 議政官
議政官のうち「議定」には、( )や( )などがいた。
国政の中枢を担う
岩倉具視 三条実美
議政官のうち「参与」には、( )や( )などがいた。
議定の補佐を行う
大久保利通 木戸孝允
1868年8月、( )が即位の礼をあげた。
明治天皇
天皇一代の間は元号も一つにして変えない制度
一世一元の制
明治改元の詔で確定
1869年、( )が起こり、全国の藩士が支配していた土地と人民を天皇に返した。
版籍奉還
版籍奉還は、薩摩の( )・長州の( )・土佐の( )・肥前の( )の進言により行われた。
大久保利通 木戸孝允 板垣退助 大隈重信
版籍奉還後は、旧大名らは( )に任命された。
知藩事
版籍奉還後は、明治政府の最高官庁である( )の下に各省が置かれた。
太政官
1871年、( )が起こり、以前までの藩が廃止され新たに県が設置された。
廃藩置県
廃藩置県後は、各府には( )、各県には( )が派遣された。
現在の都道府県知事に繋がる
府知事 県令
廃藩置県後は、太政官は最高官庁の( )、立法機関の( )、行政機関の( )からなる三院制となった。
正院 左院 右院
三院制の後、1875年の大審院・元老院設置を経て、1885年に( )制度が確立された。
内閣
当時の明治政府は、要職を薩長土肥がほぼ独占する( )であった。
藩閥政府
かつての士農工商の身分制度が撤廃され、華族・士族・平民の3身分に再編されたこと
四民平等
1871年、各県ごとに異なっていた戸籍の原則を統一した( )が施行された。
戸籍法
1871年、古くからの被差別身分であるえた・非人等の呼称を廃止する( )が施行された。
解放令
1873年、( )が行われ、地価の3%を貨幣で治めなくてはならなくなった。
地租改正
地租改正後は、各土地に( )が定められ、従来の年貢負担者に( )が発行された。
地価 地券
地租改正により、小作人に土地を貸して生計を立てる( )が増加した。
寄生地主
1876年の地租改正反対一揆により、地租は( )%から( )%に下がった。
3 2.5
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