清は外国との外交関係を何だと思っていた
皇帝への朝貢
清がヨーロッパ船の来航を唯一許可した港
広州
清に自由貿易を促すためにイギリスが送った使節
マッカートニー
清はイギリスの使節をなんだと思ったか
朝貢使節
自由貿易の要求には応じなかった
18世紀の欧米で消費が拡大し清からの輸入が拡大したもの
茶
茶と引き換えに銀を中国に流したくなかったイギリスはどうしたか
インドでアヘンを生産して中国に密輸した
アヘンの対価にインドが銀を得ることで間接的に銀を取り戻していた
イギリスの計画はインドにとってどうだったか
自由貿易で購買力が保てるので好都合
中国はアヘンが入ることによってどうなったか
薬中が増えて、銀も流出した
薬中対策のために現地に派遣された人物
林則徐
林則徐がアヘンを見つけるとどうした
没収した
没収をきっかけにイギリスが起こした戦争
アヘン戦争
没収されたアヘンの損害賠償と自由貿易の条約締結を求めた
勝った側
イギリス
結んだ条約
南京条約
1842年
南京条約の内容
広州や上海などの東南沿岸部五港を開港、香港島の割譲、賠償金の支払い
翌年にさらに追加された条件
領事裁判権、最恵国待遇
貿易港にできた外国人の居住地
租界
イギリスが中国への貿易により思った効果が出ずにもう一度起こした戦争
第二次アヘン戦争
次はフランスと一緒に起こした
第二次アヘン戦争で締結された条約
北京条約
1860年 新たな11港の開港、北京への公使の在中、キリスト教布教の自由、アヘン貿易の合法化を認めさせた
ロシアが第二次アヘン戦争中で清と結んだ条約
アイグン条約
アムール川以北をロシア領とする
ロシアが第二次アヘン戦争の講話を仲介した代償として手に入れた地域
沿海州
中国では租税を何で収めていたか
銀
外国に銀が流出して銀の価格が上がると清の国民はどうなったか
負担が増加し、生活を圧迫した
キリスト教の影響を受けて洪秀全が挙兵して建国した国
太平天国
1851年
清が太平天国を滅ぼすために協力した軍
郷勇、外国人の常勝軍
郷勇とは
清の漢人官僚が故郷で組織した義勇軍
清は内紛でたるみのあった太平天国を
滅ぼした
漢人官僚が初めた政策
洋務運動
近代化運動
兵器や工場などの実用的な部分で優れているのは欧米で政治体制で優れているのは中国という考え方
中体西用
朝貢関係にない国との外交や技術導入を担当した機関
総理各国事務衙門
18世紀末からの朝鮮の動向
大院君が政治の実権を握って、仏蘭西人宣教師を殺したり、通商を要求したアメリカ船を焼き討ちして、それぞれの国から攻撃を受けた
1792年に根室に来た人物
ラクスマン
1804年に長崎に来た人物
レザノフ
幕府は鎖国が何であるとして通商を拒絶したか
祖法
通商拒絶に対してロシアはどのような行動に出たか
軍艦で蝦夷地を攻撃した
捕虜交換によって緊張は緩和した
1820年以降なにが日本近海まで来るようになったか
アメリカの捕鯨船
上陸することもあった
1825年に発令した政令
異国船打払令
中国、朝鮮、琉球、オランダ以外の船は見つけ次第攻撃
1840年代にアヘン戦争の戦況が伝えられると発令された政令
天保の薪水給与令
攻撃しないで、逆に薪や水、食料などの物資を与える
日本人が皇室を尊び、外国との戦いを通じて一致することを重視する考え方
尊皇攘夷論
1853年に来航したアメリカの使節
ペリー
老中阿部正弘の対応
台場を建設して海防の体制を固める、要求を朝廷に報告して大名の意見を求めた
もともと政治に発言権がなかった人々の政治参加につながった
結果アメリカと結んだ条約
日米和親条約
翌年の1854年に再びペリーが来た
日米和親条約の内容
アメリカ船が必要とする燃料や食料の供給、函館と下田への寄港を許可、漂着者の保護、下田のアメリカ官使の在中を認める、アメリカへの最恵国待遇
イギリス・ロシア・オランダとも同じ条約を結んだ
ペリー来航以前に行われていた軍事開発
高島流砲術の導入、反射炉の建設
ペリー来航以後に行われていた軍事開発
翻訳や洋学研究にあたる蕃書調書、洋式砲術を含む武芸を教える講武所の設置、オランダ海軍の支援による海軍伝習の実施
ペリーが琉球と結んだ通商を認める条約
琉米条約
1858年第二次アヘン戦争の状況を説いて迫るハリスと締結した条約
日米修好通商条約
一番怖い
日米修好通商条約の内容
神奈川・長崎・函館・新潟・兵庫の開港と江戸・大阪の開市
日米修好通商条約の不平等な点
領事裁判権を認めて、関税自主権がない
幕府の勅許を得ないまま条約を締結した人物
大老 井伊直弼
井伊直弼を批判したものを弾圧
安政の大獄
1860年井伊直弼が暗殺される
桜田門外の変
幕府は何を目指したか
公武合体
長州藩が外国船を砲撃すると何が起こったか
四国連合艦隊に報復を受ける
薩摩藩が生麦事件の報復として戦った戦争
薩英戦争
長州藩が薩摩、会津両藩などの幕府側と交戦した
禁門の変
長州負けた
幕府に反抗的な長州を潰そうとして幕府が行った事
長州征討
薩摩藩も加わった
長州征討二回目
第二次長州征討
薩摩藩は参加しなかった
1859年から貿易が始まった場所
横浜・長崎・函館
主な輸出品
生糸、茶、蚕卵紙
生糸の輸出が伸びて国内生産が急速に拡大した
輸入品
織物、武器、艦船
機械制で生産された織物は比較的に安価でよく購入された
貿易は当初からどうであったか
輸出超過
1860年代後半から順調にいきとても発展した
日本の欧米の技術摂取
幕府は使節団や留学生を派遣、薩摩長州でも視察者などを派遣していた
1866年には海外渡航が可能になった
AIによる要約・使い方の説明
AIによる分析のため、間違った解釈や説明をしている場合があります。
要約
本書は、18世紀後半から19世紀にかけての激動の東アジア情勢を、中国(清)と日本という二つの視点から整理した歴史学習用カードです。
前半では、清が伝統的な朝貢貿易体制を固守しようとする中で、イギリスによるアヘン密輸に端を発したアヘン戦争、そして第二次アヘン戦争を経て半植民地化が進む過程を解説しています。租界の形成や銀の流出、太平天国の乱といった内憂外患の状況に対し、漢人官僚を中心に行われた「洋務運動」や「中体西用」の思想までを網羅しています。
後半では、同じ時期の日本の対外関係を扱います。異国船打払令から薪水給与令への転換、ペリー来航による開国、日米和親条約から日米修好通商条約締結に至るまでの経緯を詳述。不平等条約の内容や、それに伴う国内の尊皇攘夷運動、幕府の公武合体路線、そして倒幕へとつながる薩長両藩の動きまで、アジアの動向と連動させながら一連の流れを体系的に学べる構成となっています。
使い方
本単語帳は、歴史総合の学習において「東アジアの近代化と開国」のプロセスを論理的に理解したい学生や、大学受験で近現代史の基礎固めを行いたい方に最適です。
効果的な学習方法として、まずは清側の出来事(アヘン戦争・租界など)と、それに対する日本の危機感や対応(異国船打払令・開国・軍事開発)を対比させながら読み進めてください。特に、当時の欧米列強の圧力がアジア諸国にどのような影響を与えたかという「因果関係」を意識することが重要です。
また、単なる語句の暗記に留まらず、各条約がなぜ締結されたのか(背景)、その条約によって何が変わったのか(結果)、という視点でカードを見直すと、記述式問題や論述試験にも対応できる深い知識が身につきます。歴史の流れを「列強の進出」と「アジア側の変容」という二つの軸で捉えることで、複雑な幕末史や中国近代史の全体像がより鮮明に理解できるでしょう。
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