砂利 2025年10月10日 カード41 いいね1

1.中世ヨーロッパ社会の展開
二学期中間範囲 #世界史 #社会 #歴史

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単語カード

  • 西ヨーロッパ世界は何と何と何の融合によって成立したか。

    古代ローマ、ゲルマン、キリスト教

  • フランク王国はカール大帝の死後、何条約と何条約によって三分されたか。

    ヴェルダン条約とメルセン条約

  • フランク王国は2つの条約によって三分された領土は現在の3つの国の元となったがそれはどこの国か。

    ドイツ・フランス・イタリア

  • 東フランクでは何朝の断絶後に、各地の諸侯で国王が選出され始めたか。

    カロリング朝

  • カロリング朝断絶後の東フランクにおいて、何朝のオットー1世は何を撃退したか。

    ザクセン朝のオットー1世はノルマン人やマジャール人を撃退した

    マジャール人は10世紀

  • オットー1世は聖職者を統治に利用する何政策をとったか。

    帝国教会政策

  • オットー1世は教皇からローマ皇帝の冠を授けられたがこれは何国の起源となったか。

    神聖ローマ帝国

    オットー1世はドイツ王

  • フランク王国分裂後のイタリア地域の情勢を、支配者層に着目して説明せよ。

    イタリアでは諸侯や都市国家が分立し、その地理的条件から異民族の侵入も多く混乱し、統一的な王権は生まれず分裂していた。

  • 西フランクでもカロリング家が断絶し、代わりにパリ伯であった誰が王に選出されたか。

    ユーグ・カペー

    カペー朝の始まり

  • フランク王国の北部と西部に侵入したゲルマン人の一派は何人か。

    ノルマン人

  • ノルマン人は独特の船を用いて河川から内陸への侵入を行ったため何と言われたか。

    ヴァイキング

    入り江の人という意味

  • ロロ率いる一派は西フランク王と封建関係を結んで何国を建てたか。

    ノルマンディー公国

  • ノルマンディー公国は11世紀以降さらに南下し、9世紀以降何に支配されていたシチリア島を奪還してシチリア王国を建てたか。

    ムスリム

  • ノルマン人の一派のデーン人は9世紀にアングロ・サクソンの誰に敗北したか。

    アルフレッド大王

  • 11世紀にはデーン人の誰がイングランドを征服したか。

    クヌート

  • 1066年にノルマンディー公がイングランドを征服し、誰として即位してイングランドに何朝を開いたか。

    ウィリアム1世としてノルマン朝を開いた

  • ノルマン朝の王とフランス王の関係について簡潔に説明しなさい。

    ノルマン朝の王はイングランドの王だが、ノルマンディー公としてはフランスの一諸侯であったため、フランス国王に臣従する立場にあった。

  • 西欧の封建制において臣下は何として軍務を負ったか。

    騎士

  • 封建制のもとで広く見られるようになった荘園では、耕地は主に何と何からなったか。

    領主直営地と農民保有地

  • 封建制で結ばれていた双務的な契約関係はゲルマン人の文化の影響もあるとされているが、ゲルマン人が有力者と師弟関係を結んだ制度をなんというか。

    従士制

    双務的というのは、臣下も王も責任があるので弱ければ複数の主人に仕えるというもの

  • 農民は農民保有地での農作業に加え、領主直営地での一定日数の労働が義務付けられるなど様々な税や義務が課せられ、特に不自由だった農民は何と呼ばれたか。

    農奴

  • 荘園のもとでの農民生活のうち、保有地での生産の一部を領主に納めることをなんというか。

    貢納

  • 荘園のもとでの農民生活のうち、領主直営地での労働をなんというか、また教会に何を納めるか。

    賦役、教会に十分の一税を納める

  • 封建制では君主は領主となり所領のなかでは不輸不入権を持ったがこれはどのような権利か説明せよ。

    領主が所領の中で独自の権力を持ち、国王の課税権や裁判権も拒否することができる権利

  • ローマ帝国の後継者を自任したビザンツ帝国も11世紀頃から大土地所有者である貴族が台頭したので、工程は軍事奉仕と引き換えに国有地の管理権を彼らに委ねその土地は世襲されるようになったがこの制度をなんというか。

    プロノイア制

    ブワイフ朝が始めたイクター制と同じもの

  • 地中海と接したアナトリアは何朝によってムスリム化されたか。

    セルジューク朝

  • ビザンツ皇帝はアナトリアがムスリム化されると誰に援助を求め、これは何の遠因となったか。

    ローマ皇帝に援助を求め、これが十字軍の遠因となった。

  • 14世紀後半にはアナトリアで新興の何朝が勢力を伸ばしたか。

    オスマン朝

    1453年にコンスタンティノープルを陥落させる

  • 1453年にオスマン朝に滅ぼされたビザンツ帝国の後継者を自任したのがロシアであり、その中心地のどこが「第3のローマ」と称されたか。

    モスクワ

  • 何人に属するポーランド人は10世紀に国家を形成し、何人の東方植民やモンゴル人の侵入を受けていたか。

    西スラブ人、ドイツ人の東方植民

  • 14世紀にはポーランド女王と誰が結婚して両国は合併し、国教は何を採用したか。

    リトアニア大公、国教はカトリック

  • 東スラヴ人に属するロシアが9世紀と10世紀末に形成した国をそれぞれ答えよ。

    ノヴゴロド国、キエフ公国

  • 10世紀末に、キエフ公国の大公である誰がビザンツ皇帝の妹と結婚して何を国教としたか。

    大公ウラディミル1世、ギリシア正教

    ビザンツの臣下に入った

  • チェック(チェコ)人が9世紀と10世紀に形成した国をそれぞれ答えよ。

    チェック人も西スラブ人

    モラヴィア王国、ベーメン(ボヘミア)公国

  • 非スラヴ系のマジャール人が10世紀末に形成した国を答えよ。

    ハンガリー王国

    カトリックを受容

  • 非スラヴ系のブルガール人は7世紀に何国を建てたか。

    ブルガリア王国

    ギリシア正教を受容

  • 13世紀にモンゴルが進出してくるとキエフ公国はモンゴル人の誰の支配下に入ったが、このモンゴル人によるロシア支配をなんというか。

    ジョチ=ウルスの支配下に入った、タタールのくびき

  • 15世紀後半、モンゴルの支配下から何国が誰のもとで独立したか。

    モスクワ大公国がイヴァン3世のもとで

  • ビザンツ皇帝の姪と結婚したイヴァン3世はなんという称号を用いてビザンツ皇帝の後継者を自任したか、またこのとき何教が発展したか。

    ツァーリ、ロシア正教が発展

  • 農奴制を強化し、諸侯の勢力を抑えてツァーリ体制を確立してロシア帝国の基盤を固めたのは誰か。

    イヴァン4世

  • ポーランドでは14世紀に何国が成立したか。

    ヤゲウォ朝リトアニア=ポーランド王国

    国教はカトリック

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