第二次伊藤内閣は( )党と提携した。
自由
第二次松方内閣は( )党と提携した。
進歩
1898年、自由党と進歩党が結束し( )が結成された。
憲政党
大隈重信を首相、板垣退助を内相とする内閣の通称
1898年、第一次大隈内閣成立
隈板内閣
憲政党が基盤となった
1898年、( )の共和演説事件により、憲政党は再分裂し大隈内閣は退陣した。
尾崎行雄
旧自民党系の憲政党と、急進歩党系の憲政本党に分裂した
1899年、政党の影響力が官僚に及ぶのを防ぐため、( )を改正した。
文官任用令
1900年、政治・労働運動の弾圧やストライキ煽動禁止などを定めた( )が制定された。
治安警察法
1900年、陸海相の任用資格を現役の大将・中将からに限定した( )が制定された。
軍部大臣現役武官制
1900年、憲政党が伊藤博文に接近し( )が結成された。
立憲政友会
1901〜13年は、貴族院勢力を背景にした( )と、伊藤の後をうけた立憲政友会総裁の( )が交互に組閣した。
桂園時代
桂太郎 西園寺公望
第四次伊藤内閣以降、( )と( )は政治の第一線から退いた。
元老となり影響力行使
伊藤博文 山県有朋