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1から日本史
1から日本史 13−4 第一次世界大戦の終結と軍縮
1から日本史 13−4 第一次世界大戦の終結と軍縮
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2024年10月21日
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1918年に結ばれた第一次世界大戦の戦勝国である五大国とドイツの講和条約
ヴェルサイユ条約
第一次世界大戦後に国際紛争の平和的解決と国際協力のために1920年設立した国際機関
国際連盟
第一次世界大戦後にヨーロッパに訪れた新しい国際秩序、体制
ヴェルサイユ体制
ヴェルサイユ条約により日本が取得したアジアにおけるドイツの旧検疫に関する権利
委任統治権
1919年5月4日に発生した旧ドイツ権益などの返還を求めた中国国民による反日運動
五、四運動
朝鮮内でヴェルサイユ条約による民族自決の機運が高まる1919年3月1日に発生した独立運動
3−1独立運動
3−1運動後に朝鮮総監に任命された人物
斎藤実(まこと)
3−1運動後に台湾総督に任命された人物
田健治郎(デンケンジロウ)
戦勝国として参加したヴェルサイユ条約だったのに批判される風潮の中で北一輝が記した日本がなめられないようにする法案
「日本改造法案大綱」
大川周明たちが作った天皇制の元で国家改造を訴える右翼団体
猶存社
1921年にワシントンで行われたアメリカ、イギリス、日本の建艦競争を終わらせ極東アジアにおける日本の膨張を止めることになった会議
ワシントン会議
ワシントン会議に送られた全権大使(2人)
加藤友三郎、幣原喜重郎
1921年のワシントン会議の中で決定された日英同盟の終了と太平洋における紛争の話し合いによる解決を決めた米英日仏の条約
四カ国条約
1922年に米英日仏にベルギー、中華民国、イタリア、ポルトガルを加えて中国における門戸開放を確認し、石井ーランシング協定を破棄した条約
九カ国条約
米、英、日、仏、伊の戦勝国五大国の間で主力艦の保有比率を米英5、日3、仏伊1、67に設定した軍縮条約
ワシントン海軍軍備制限条約 (1922、主力艦が老朽化しても10年間は代艦を建造しない、山東省の旧ドイツ権益の返還)
ワシントン海軍軍備制限会議によって新しく形成されていったアジア、太平洋での新体制
ワシントン体制
原敬が暗殺された後に成立した立憲政友会ので協調外交を始めた内閣
高橋是清内閣
高橋是清内閣が始めて続く加藤友三郎、第二次山本権兵衛内閣も引き継いだ外交
協調外交
護憲三派からなる加藤高明内閣の元で幣原喜重郎外務大臣が行った穏健な外交
幣原外交
幣原外交の一環で1925年にソ連との外交の樹立と北樺太からの撤兵と引き換えに同地の油田の半分の開発権を獲得した条約
日ソ基本条約
1925年に「世界の大勢」に歩調を合わせていた幣原外交での失敗例で上海での日本紡績工場へのストライキが飛び火して大規模な反帝国主義運動
5、30事件
第一次世界大戦で行われた国の持てる力全てを出しきる戦争
総力戦
吉野作造が設立し全国的に啓蒙活動を行なった民本主義(国民の幸せ第一)組織
黎明会
吉野作造の影響を受けた東京帝国大学の学生たちが設立し、次第に労働ー農民運動と関係を深めていった思想団体
新人会
日本の社会主義者を一堂に集めた同盟であったが1920年設立の翌年に解散を命令された同盟
日本社会主義同盟
社会主義勢力内部を二分した政府は必要のないものであるという主義
無政府主義
無政府主義者たちのリーダー
大杉栄
社会主義者勢力を二分した国民全員は等しく平等の元にあるべきだという考え主義
共産主義(マルクス、レーニン主義)
共産主義を権威していたリーダー
堺利彦
堺利彦や山川均(ひとし)が1922年に設立した共産主義政党
日本共産党
世界革命を進めるための国際共産党組織としてレーニンが設立し日本共産党も日本支部として位置付けた組織
コミンテルン
平塚らいてうが設立した女性の社会的地位向上を目指す文学者団体国際共産党組織
青鞜社(せいとうしゃ)
平塚らいてうや市川房枝(ふさえ)達が1920年に設立し女性の参政権などを要求した団体
新婦人協会
山川菊江や伊藤野枝らが結成した社会主義の立場から女性の地位向上を目指した組織
赤瀾会
1922年に結成された被差別部落民だった西光万吉らが創設し、政府に頼ることなく差別を撤廃しようとした組織
全国水平社
第二次山本権兵衛内閣が男性普通選挙権を導入しようとした矢先の1923年9月1日に起こった関東を廃墟にした大災害
関東大震災
関東大震災のどさくさに紛れて憲兵に殺された社会主義者(2人)
大杉栄、伊藤野枝
社会主義者が憲兵に憤慨されたことに憤慨した無政府主義者の少年
難波大助
難波大助が起こした摂政(後の昭和天皇)を狙撃した事件
虎ノ門事件 (山本内閣は責任を取って総辞職した)
元老である松方正義、西園寺公望によって推薦された枢密院議長で山本内閣の次に組閣した首相
清浦奎吾(けいご) 内閣は軍大臣以外貴族院から選出した)
護憲三派と言われた三つの党
憲政会、立憲政友会、革新倶楽部
護憲三派が清浦内閣を官僚(貴族院出身ばっかりだから)の独占的な政治だとして形容したもの
超然内閣
護憲三派が超然内閣であるとして批判したことから始まった憲政擁護運動
第二次護憲運動
総選挙で清浦内閣が護憲三派に勝つために味方につけたが負けたアンチ高橋是清(立憲政友会)の政党
政友本党
清浦内閣が総辞職した後に護憲三派の連立内閣を組織した憲政会の人物
加藤高明
第一次護憲運動から男性普通選挙制の成立までの社会運動の名称
大正デモクラシー
加藤高明内閣が外務大臣に任命して、協調外交をとった人物
幣原喜重郎
加藤高明内閣が1925年にを成立させ満25歳以上の男性に参政権が渡った法律
普通選挙法(約4倍に票が増えた)
国制を変更しようとするものを(主に社会主義者)をとっちめる加藤内閣が成立させた法律
治安維持法
立憲政友会が総裁に迎えた人物で陸軍、長州閥の長老でこの人物を迎えた時期に護憲三派の連携は消滅した
田中義一
加藤が病死した後、憲政会総裁を継いで組閣した人物
若槻礼次郎
1926年末に大正天皇が崩御し摂政だった裕仁親王が即位して改元された年号
昭和
第一次若槻内閣が金融恐慌の対処に失敗した後、与党となり組閣した田中義一が率いた党
立憲民政党 (田中内閣)
5−15事件で犬養毅内閣が崩壊するまでの8年間続いた二大政党である立憲政友会と憲政会(立憲民政党)が交代で組閣していた状況
「憲政の常道」
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