ペリー来航にはじまる日本国内政治の動揺は、幕府の権威を失墜させ, 1867年薩摩藩を中心とした勢力は京都でクーデタをおこした。この際、(①)が発せられ, 天皇を中心とした新しい政府が樹立された。旧幕府勢力との(②)を経て,新政府は全国に支配権を確立した。 この政治的変革を(③)とよぶ。
政府は,全国を統治し, 人々を把握するため, 1871年に(④)を公布して,江戸時代の身分制度を解体した。また,戊辰戦争後も,各地の藩は依然として存在していたため,政府は(⑤)によって藩を廃止し,権力を集中させた。戸籍法と廃藩置県によって武士身分が消滅し, 1873年には徴兵制度が導入されて(⑥)がめざされた。これに対応して, 元武士の家禄も不要とされ,一定額の公債証書の交付と引きかえに家禄(かろく)を廃止する(⑦)が断行された。
国際関係においては,日本は主権国家体制への参入をめざし1871年には, (⑧)を代表とする使節団 =(⑨)を欧米に派遣した。幕末に結ばれた不平等条約の改正は失敗したが,欧米モデルの(⑩)をめざす動きが強まった。
①王政復古の大号令 ②戊辰戦争 ③明治維新 ④戸籍法 ⑤廃藩置県 ⑥国民皆兵 ⑦秩禄処分 ⑧岩倉具視 ⑨岩倉使節団 ⑩近代化
⑦の秩禄処分とは、江戸時代に武士たちがもらっていた給与を明治政府が廃止したこと。
P44〜63