アメリカでは13植民地のイギリス移民以来、( )系移民・( )系移民が増加した。
アイルランド ドイツ
アメリカの開拓された地域と未開拓の地域の境界面
フロンティア
先住民を抑圧しつつ西へ進んでいった
1823年に発表された、欧州諸国と米国の両大陸間相互不干渉を定めた原則
モンロー宣言
中南米での独立運動が激化する中、欧州諸国がウィーン体制下で介入を図ったのが背景
複数の州が中央政府の権限を分担しつつ、1つの主権の下で形成される国家体制
連邦制
( )に国防・外交・貨幣鋳造権・徴税権・通商規制権
アメリカの自治の方向性
中央政府
各州に大幅な( )を認めた。
アメリカの自治の方向性
自治権
立法権・司法権・行政権からなる( )の考え方を採用した。
アメリカの自治の方向性
三権分立
連坊政府の権限を求める( )主義と、各州の自治権を求める( )主義で対立した。
合衆国憲法の発効までに時間がかかった理由
連邦 州権
アメリカ北部は工業化が進展しており、英国製品に対抗するべく( )を主張した。
保護貿易
アメリカ北部は農業を主としており、英国に輸出するべく( )を主張した。
自由貿易
奴隷制の大農園で綿花やタバコを栽培していた
1854年の( )施行により、奴隷制採用は住民の選択制となった。
カンザス・ネブラスカ法
奴隷制に反対する北部・西武資本家の支持を集めた政党
共和党
奴隷制維持を求める南部地主の支持を集めた政党
民主党
1860年、共和党から( )が大統領に当選した。
リンカン
リンカンの当選後、南部の州は( )を結成し合衆国から離脱した。
アメリカ連合国
1861年、( )戦争が勃発した。
南北
リンカンは( )で西武農民からの支持を得た。
自営農地法
21歳以上の市民や将来市民になる意志のある外国人に、公有地160エーカーを無償で貸与し、5年間定住して開拓すれば所有権を与える
リンカンは更に( )を発表し、内外の世論を味方につけた。
奴隷解放宣言
1869年、( )が開通し、工業地帯と農業地帯が結ばれた。
大陸横断鉄道
奴隷解放宣言により黒人は奴隷から解放されたが、( )として貧困のままであった。
分益小作人
州法では差別が継続し人種差別も残った。