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祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。祇園精舎の鐘の音は、諸行無常の響きがある。
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沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。沙羅双樹の花の色は、盛者必衰の道理を表している。
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おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。思い上がって得意になっている人も長い時はたたず、まるで春の夜の夢のようだ。
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たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。勢いの盛んな者もついには滅びてしまう、まるで風の前の塵と同じである。
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と扇を上げて招きければ、招かれてとつて返す。と熊谷が扇を上げて招いたので、若武者は招かれて引き返す。
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みぎはに打ち上がらんとするところに、押し並べてむずと組んでどうど落ち、若武者が波うちぎわに打ち上がろうとするところに、熊谷が馬を強引に並べて若武者とむず、と組んでどうっと落ち、
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とつて押さへて首をかかんと、かぶとを押しあふのけて見ければ、熊谷が若武者を取り押さえて、首をかき切ろうとかぶとをあおむけにして見たところ、
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年十六、七ばかりなるが、薄化粧して、かね黒なり。年は十六、七歳ほどである若武者が薄化粧をしてお歯黒をつけている。
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わが子の小次郎がよわひほどにて、容顔まことに美麗なりければ、わが子の小次郎の年齢ほどで、顔立ちが大変美しかったので、
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いづくに刀を立つべしともおぼえず。どこに刀を立てるのがのいとも思われない。
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と申せば、「なんじはたそ。」と問なさる。と熊谷が申し上げると、「お前は誰だ。」と若武者が尋ねなさる。
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なんじがためにはよい敵ぞ。名のらずとも首を取って人に問へ。おまえのためにはよい敵だ。名のらなくても、首を取って人に聞いてみろ。
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見しろうずるぞ。」とぞのたまひける。見知っているだろうよ。」とおっしゃった。
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また討ちたてまつらずとも、勝つべき戦に負くることもよもあらじ。またお討ち申し上げなくても、勝つはずの戦に負けることもまさかあるまい。
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小次郎が薄手負うたるをだに、直実は心苦しうこそ思ふに、小次郎が軽い傷を負ったのでさえ、私、直実はつらく思うのに、
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この殿の父、討たれぬと聞いて、いかばかりか嘆きたまはんずらん。若武者の父は息子が打たれたと聞いて、どれほど嘆きなさるだろうか。
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あはれ、助けたてまつらばや。」ああ、お助け申し上げたい。」
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と申しければ、「ただ、とくとく首を取れ。」とぞのたまひける。と申し上げたところ、「とにかく早く首を取れ」とおっしゃった。
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熊谷あまりにいとほしくて、いづくに刀を立つべしともおぼえず、熊谷はあまりにかわいそうで、どこに刀を立てるのがよいとも思われない。
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目もくれ心も消えはてて、前後不覚におぼわれたけれども、目もくらみ気も動転して、前後不覚に思われたけれども、
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さてしもあるべきことならねば、泣く泣く首をぞかいてんげる。そのままでいるべきことではないので、泣く泣く首を切ってしまった。
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あはれ、弓矢取る身ほど口惜しかりけるものはなし。ああ、弓矢を取る身ほど悔やまれたものはない。
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