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春眠不覚暁春の眠りは夜明けに気づかない。
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処処聞啼鳥いたるところから鳥の鳴き声が聞こえる。
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夜来風雨声昨夜から風や雨の音が聞こえる。
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花落知多少さぞ花がたくさん散ったことだろう。
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故人西辞黄鶴楼旧友が西の方の黄鶴楼を去って
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煙花三月下揚州花がすみが立ち込める三月に揚州に下った。
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孤帆遠影碧空尽ただ一つ見える帆かけ舟の影が青い空のかなたに消えていき、
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唯見長江天際流長江が天の果てに向かって流れていくのをただ見ているだけだ。
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これも今は昔、比叡の山に児ありけり。これも今となっては昔のことだが、比叡山延暦寺に児がいた。
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僧たち、宵のつれづれに、「いざ、かいもちひせん」といひけるを、この児、心よせに聞きけり。僧たち、宵の手持ちぶさたなときに、「さあ、ぼたもちを作ろう」と言ったのを、この児、期待して聞いていた。
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さりとて、し出ださんを待ちて、寝ざらんも、わろかりなんと思ひて、そうだからといって、作りあげるようなのを待って、寝ないようなのも、よくないだろうと思って、
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かたかたによりて、寝たるよしにて、出で来るを待ちけるに、片隅によって、寝ているふりをして出てくるのを待った時に、
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すでに、し出だしたるさまにて、ひしめきあひたり。すでに作り上げた様子でがやがや言っている。
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この児、さだめておどろかさんずらんと待ちゐたるに、この子どもは、きっと起こしてくれるだろうと待っていると、
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僧の「もの申しさぶらはん。おどろかせたまへ」といふを、僧の「声をかけてみましょう。目をお覚ましくださいませ」と言うのを、
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うれひとは思へども、ただ一度にいらへんも、待ちけるかともぞ思ふとて、うれしいとは思うけれども、ただ一度で返事をするようなのも、待ったと思うといけないといって、
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今一声よばれていらへんと、念じて寝たるほどに、今、一声呼ばれて返事をしようとがまんして寝ているうちに、
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「や、なおこしたてまつりそ。幼き人は寝入りたまひにけり」といふ声のしければ、「いや、起こし申し上げるな。幼い人は寝入りなさった」という声がしたので、
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あなわびしと思ひて、今一度、おこせけしと思ひ寝に聞けば、ああ、困ったことだと思って、今一度起こしてくれと思って寝ながら聞くと、
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「ひしひし」とただくひにくふ音のしければ、ずちなくて、「むしゃむしゃ」と食いに食う音がしたので、どうしようもなくて、
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無期の後に、「えい」といらへたりければ、僧たち、笑ふ事、かぎりなし。かなり経って「はい」と返事をしたので、僧たちは笑うこと、この上なかった。
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