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春過ぎて 夏来たるらし 白たへの 衣干したり 天の香具山春が過ぎて夏が来たらしい。(青葉の中に)真っ白な衣が干してある。天の香具山に。
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田子の浦ゆ うち出でて見れば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける田子の浦を通って広い眺めのきく所へ出てみると、真っ白に富士の高嶺に雪が降り積もっていることだ。
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君待つと 吾が恋ひをれば 我が屋戸の すだれ動かし 秋の風吹くわが君(天智天皇)をお待ちして恋しく思っていると、私の家のすだれを動かして、秋風が吹いてくる。
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春の野に かすみたなびき うら悲し この夕影に うぐひす鳴くも春の野に霞がたなびきなんとなくもの悲しい。この夕暮れの光の中でうぐいすが鳴いている。
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多摩川に さらす手作り さらさらに なにそこの児の ここだかなしき多摩川にさらす(水洗いをする)手織りの布のように、さらにさらにどうしてこの子がこんなにかわいいのかしら。
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父母が 頭かきなで 幸くあれて 言ひし言葉ぜ 忘れかねつる父母が私の頭をなでて、無事でいるようにといった言葉が忘れられないでいることよ。
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瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば ましてしぬはゆ いづくより 来たりしものそ まなかひに もとなかかりて 安眠しなさぬ瓜を食べれば子どものことが思われる。栗を食べればいっそう子どもが思い出される。一体、子どもはどこから来たものなのか。目の前に、しきりとちらついて私に安眠もさせないことよ。
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銀も 金も玉も 何せむに 勝れる宝 子にしかめやも金銀も玉も何で子どもというすぐれた宝に及ぶだろうか。いや及ぶものではない。
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袖ひちて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ袖をぬらして、手ですくって遊んだ水がこおっていたのを、立春となった今日、風がとかしているだろうか。
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五月待つ 花たちばなの 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする五月を待っている橘の花の香りをかぐと、昔親しんだ人の袖の香がする。
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山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば山の村里は、冬こそ寂しさがまさることだ。訪れる人も絶え(離れ)草も枯れ果ててしまうと思うと。
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思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを恋しく思いながら寝たのであの人が夢に現れたのだろうか。夢と知っていたならめざめずにいたのに。
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春の夜の 夢の浮橋 とだえして 峰にわかるる 横雲の空春の夜の短くてはかない夢がとぎれて、横に細くたなびく雲が峰から別れていく曙の空よ。
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心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ寂しさとか悲しみとか俗世間の心はすっかり捨てて出家した身にも、しみじみとした趣は自然と感じられることだ。鴫の飛び立つ沢の秋の夕暮れよ。
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玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする私の命よ、絶えるなら絶えよ。このまま生きていると、恋心を忍ぶことも弱ってしまうから。
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