-
百敷や ふるき軒端の しのぶにもなほあまりまる 昔なりけり
-
人をもし 人も恨めし あぢきなく世を思ふゆゑに もの思ふ身は
-
風そよぐ ならの小川の 夕暮れはみそぎぞ夏の しるしなりける
-
こぬ人を まつほの浦の 夕なぎに焼くやもしほの 身もこがれつつ
-
花さそふ 嵐の庭の 雪ならでふりゆくものは わが身なりけり
-
おほけなく うき世の民に おほふかなわが立つ杣に すみぞめの袖
-
み吉野の 山の秋風 さ夜ふけてふるさと寒く 衣うつなり
-
世の中の つねにもがもな 渚こぐあまの小舟を 綱手かなしも
-
わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の人こそ知らね 乾くまもなし
-
きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに衣かたしき 一人かも寝む
-
見せばやな 雄島のあまの 袖だにも濡れにぞ濡れし 色は変はらず
-
玉のをよ たえなばたえね ながらへば忍ぶることの 弱りもぞする
-
難波江の 葦のかりねの ひとよゆゑみをつくしてや 恋ひわたるべき
-
村雨の 梅雨もまだひぬ まきの葉に霧立ちのぼる 秋の夕暮れ
-
嘆けとて 月やは物を 思はするかこち顔なる わが涙かな
-
夜もすがら 物思ふころは 明けやらで閨のひまさへ つれなかりけり
-
ながらへば またこのごろや しのばれむ憂しと見し世ぞ 今は恋しき
-
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
-
思ひわび さてもいのちは あるものを憂きにたへぬは 涙なりけり
-
ほととぎす 鳴きつる方を ながむればただありあけの 月ぞ残れる
-
長からむ 心も知らず 黒髪の乱れてけさは 物こそ思へ
-
秋風に たなびく雲の たえ間よりもれ出づる月の かげのさやけさ
-
淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に幾夜ねざめぬ 須磨の関守
-
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川のわれても末に あはむとぞ思ふ
-
わたの原 こぎ出でてみれば 久方の雲ゐにまがふ 沖つ白波
-
契りおきし させもが露を いのちにてあはれ今年の 秋もいぬめり
-
憂かりける 人を初瀬の 山おろしよはげしかれとは 祈らぬものを
-
高砂の をのへの桜 咲きにけり外山のかすみ 立たずもあらなむ
-
音にきく たかしの浜の あだ波はかけじや袖の ぬれもこそすれ
-
夕されば 門田の稲葉 おとづれて葦のまろやに 秋風ぞ吹く
-
さびしさに 宿をたち出でて ながむればいづこも同じ 秋の夕暮れ
-
あらし吹く み室の山の もみじ葉は竜田の川の 錦なりけり
-
心にも あらでうき世に ながらへば恋しかるべき 夜半の月かな
-
春の夜の 夢ばかりなる 手枕にかひなく立たむ 名こそ惜しけれ
-
もろともに あはれと思へ 山桜花よりほかに 知る人もなし
-
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを恋にくちなむ 名こそ惜しけれ
-
朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえにあらはれたる 瀬々の網代木
-
今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを人づてならで 言ふよしもがな
-
夜をこめて 鳥のそらねは はかるともよに逢坂の 関はゆるさじ
-
いにしへの 奈良の都の 八重桜けふ九重に にほひぬるかな
-
大江山 いく野の道の 遠ければまだふみも見ず 天の橋立
-
やすらはで 寝なましものを さ夜更けてかたぶくまでの 月を見しかな
-
ありま山 ゐなの笹原 風吹けばいでそよ人を 忘れやはする
-
めぐりあひて 見しやそれとも 分かぬまに雲がくれにし 夜半の月かな
-
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に今ひとたびの 逢ふこともがな
-
滝の音は 絶えて久しく なりぬれど名こそ流れて なほ聞こえけれ
-
忘れじの 行く末までは かたければ今日をかぎりの 命ともがな
-
嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くるまはいかに久しき ものとかは知る
-
明けぬれば 暮るるものとは 知りながらなほうらめしき 朝ぼらけかな
-
かくとだに えやはいぶきの さしも草さしも知らじな もゆる思ひを
-
君がため 惜しからざりし 命さへ長くもがなと 思ひかけるかな
-
みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え昼は消えつつ 物をこそ思へ
-
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみくだけて物を 思ふころかな
-
八重むぐら しげれる宿の さびしきに人こそ見えね 秋は来にけり
-
由良のとを 渡る舟人 かぢを絶えゆくへも知らぬ 恋の道かな
-
あはれとも いふべき人は 思ほえで身のいたづらに なりぬべきかな
-
あふことの たえてしなくは なかなかに人をも身をも 恨みざらまし
-
あひ見ての のちの心に くらぶれば昔は物を 思はざりけり
-
契りきな かたみに袖を しぼりつつ末の松山 波越さじとは
-
恋すてふ わが名はまだき 立にけり人知れずこそ 思ひ初めしか
-
しのぶれど 色に出でにけり わが恋は物や思ふと 人の問ふまで
-
浅茅生の 小野の篠原 しのぶれどあまりてなどか 人の恋しき
-
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし人のいのちの 惜しくもあるかな
-
白露に 風の吹きしく 秋の野はつらぬきとめぬ 玉ぞ散りける
-
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを雲のいづこに 月やどるらむ
-
人はいさ 心も知らず ふるさとは花ぞ昔の 香に匂ひける
-
誰をかも 知る人にせむ 高砂の松も昔も 友ならなくに
-
ひさかたの 光のどけき 春の日にしづ心なく 花の散るらむ
-
山川に 風のかけたる しがらみは流れもあへぬ 紅葉なりけり
-
朝ぼらけ ありあけの月と 見るまでに吉野の里に 降れる白雪
-
ありあけの つれなく見えし 別れより暁ばかり 憂きものはなし
-
心あてに 折らばや折らむ 初霜のおきまどはせる 白菊の花
-
山里は 冬ぞさびしさ まさりける人めも草も かれぬと思へば
-
みかの原 わきて流るる いづみ川いつみきとてか 恋しかるらむ
-
小倉山 峰のもみじ葉 心あらば今ひとたびの みゆき待たなむ
-
名にしおはば 逢坂山の さねかづら人に知られで くるよしもがな
-
このたびは ぬさもとりあへず 手向山紅葉のにしき 神のまにまに
-
月みれば 千々に物こそ 悲しけれ我が身ひとつの 秋にはあらねど
-
吹くからに 秋の草木の しをるればむべ山風を 嵐といふらむ
-
今こむと 言ひしばかりに 長月の有明の月を 待ちいでつるかな
-
わびぬれば 今はた同じ 難波なるみをつくしても あはむとぞ思ふ
-
難波潟 みじかき葦の ふしの間もあはでこの世を 過ぐしてよとや
-
住の江の 岸による波 よるさへや夢の通ひ路 人めよくらむ
-
ちはやぶる 神代もきかず 竜田川からくれなゐに 水くくるとは
-
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふるまつとし聞かば 今帰り来む
-
君がため 春の野に出でて 若葉つむわが衣でに 雪はふりつつ
-
陸奥の しのぶもちずり 誰ゆゑに乱れそめにし われならなくに
-
つくばねの 峰より落つる みなの川こひぞつもりて 淵となりぬる
-
天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよをとめの姿 しばしとどめむ
-
わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと人には告げよ あまのつり舟
-
これやこの 行くも帰るも 別れては知るも知らぬも あふ坂の関
-
花の色は うつりにけりな いたづらにわが身世にふる ながめしまに
-
我が庵は 都のたつみ しかぞすむ世をうぢ山と 人はいふなり
-
天の原 ふりさけ見れば 春日なる三笠の山に 出でし月かも
-
かささぎの 渡せる橋に おく霜の白きをみれば 夜ぞふけにける
-
奥山に もみぢ踏み分け 鳴く鹿の声聞く時ぞ 秋は悲しき
-
田子の浦に うち出でて見れば 白妙の富士の高嶺に 雪はふりつつ
-
あしびきの 山鳥の尾の しだり尾のながながし夜を ひとりかも寝む
-
春すぎて 夏来にけらし 白妙の衣ほすてふ 天の香具山
-
秋の田の かりほの庵の 苫をあらみわが衣手は 露にぬれつつ
ログイン