1から日本史 11−1

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1から日本史 11−1
  • 18世紀の後半にイギリスで起きた世界を渦巻くことになる工業化のブーム
    産業革命
  • (1939〜1960年)イギリスが清からお茶を銀で買いすぎたためにアヘンや近代兵器を使って清から銀を取り戻した戦争
    アヘン戦争
  • アヘン戦争に負けた清がイギリスに結ばさせられた5港(上海など)の開港、香港の割譲、貿易の自由化を約束させられた条約
    南京条約
  • 幕府が1842年に発令した異国船打払令を緩和し(アヘン戦争の影響)漂着した外国船を薪、水、食料を上げて助けてあげることにした令
    天保の薪水給与令
  • 1844年に幕府に諸外国と通称関係を結ぶように親書を送り勧告してきた国
    オランダ
  • 幕府が1845年に設置した湾岸を防衛する役職
    海防掛
  • 1846年に浦賀に訪れ、開国を要求したが拒絶されたアメリカ東インド艦隊司令長官
    ビッドル
  • 1853年に沖縄に寄った後に浦賀沖に現れた東インド艦隊司令長官
    ペリー
  • ペリーが浦賀沖まで連れてきたその異様な黒さで日本を威圧させた軍艦四隻
    黒船
  • ペリーが浦賀沖に持ってきた開国を迫った物
    フィルモア大統領の国書
  • ペリーの一ヶ月後に(1853年7月)に長崎を訪れたロシアの施設
    プチャーチン
  • 翌年約束通りに来港(1854年1月)したペリーが強硬な交渉ののちに3月に結んだ条約
    日米和親条約 (神奈川条約とも言う)
  • 日米和親条約(1854)の内容を4つ
    1、アメリカ船の燃料の供給 2、難破船の救助 3、下関、箱館の開港と領事の在留の許可 4、アメリカを最恵国待遇にすること
  • ペリーの次にプチャーチンが日本と下田で結んだ条約(下田、箱館、長崎の開港、択捉島以南の日本領承認と樺太の放置)
    日露和親条約
  • アメリカロシアに次いでイギリス、オランダとも和親条約を結んだことによって鎖国状態が崩れた状態
    開国
  • ペリー来航時の幕府の老中首座
    阿部正弘
  • 阿部正弘が全水戸藩藩主の徳川斉昭を幕政に参画させたり、江戸湾にお台場を築いたり大船建造の禁を解いたりした改革
    安政の改革
  • 阿部正弘が安政の改革、貿易の承認の一環として老中首座に任命した蘭学に通ずる人物
    堀田正睦(まさよし)
  • 日米和親条約に基づき1856年に来日し、下田に駐在した初代アメリカ総領事
    ハリス
  • 阿部正弘の跡を継いだ堀田正睦が通商条約の勅許を求めたが却下した天皇
    孝明天皇
  • 1858年の第二次アヘン戦争の結果としてイギリスとフランスが清に結ばせた条約
    天津条約(賠償金、キリスト教の布教など)
  • ハリスに詰められていた大老
    井伊直弼
  • ハリスに天津条約などをちらつかされ井伊直弼が孝明天皇の勅許を得ぬまま1858年に結んだ通商条約
    日米修好通商条約 (1858年不平等条約)
  • 日米修好通商条約の内容 5つ
    1、神奈川、長崎、新潟、兵庫の開港、江戸大阪の開市 2、通商の自由貿易 3、開港所での居留地の設置 4、アメリカの領事裁判権(治外法権)の承認 5、関税自主権の欠如
  • 日米修好通商条約とオランダ、イギリス、フランス、ロシアと結んだ通商条約の名称
    安政の五カ国条約
  • 居留地にて外国人と外交を行った日本の商人 2人
    売込商(輸出)、引取商(輸入)銀貨を使った 南北戦争の影響もありイギリスが多かった
  • 安政の五カ国条約による貿易での日本の輸出品
    生糸、茶、蚕卵紙(さんらんし)、海産物
  • 安政の五カ国条約による貿易での日本の輸入品
    艦船、鉄砲、繊維工業製品
  • 幕府が輸出過多による物価の上昇を抑えるために1860年に発令した生糸や水油などの五品の横浜直行を禁止して江戸を経由することを強制した令
    五品江戸廻送令 (商人と列強の反対で失敗)
  • 日本と外国での金と銀の交換比率の違いのせいで大量の金が海外に流出し、それを対策し幕府は小判をショボくしたが物価の上昇を招き攘夷運動を招いたもの
    万延貨幣改鋳
  • 13代将軍徳川家定に子供がいないことから始まった後継ぎ問題
    将軍継嗣問題(けいしもんだい)
  • 将軍継嗣問題で幕府参画を目論む越前の松平慶永、外様の薩摩藩の島津斉彬などの水戸藩主徳川斉昭の息子の一橋家を次いだ徳川慶喜を推す勢力
    一橋派 (主に親藩と有力外様藩)
  • 血統の近い紀伊藩藩主で幼年の徳川慶福を推して現体制を維持しようとした譜代藩の勢力
    南紀派 (主に譜代藩)
  • 1858年に南紀派の(彦根藩)井伊直弼が大老に就任したことによって14代将軍に就任した人物
    14代将軍、徳川家茂
  • 井伊直弼の決定に反発する尊王攘夷勢力や一橋派を弾圧して牢屋に入れまくった出来事
    安政の大獄 (松平慶永、徳川慶喜は謹慎 長州藩藩士の吉田松陰は死罪)
  • 1861年に高輪の東禅寺にあったイギリスの仮公使館を水戸藩士が襲撃した事件
    東禅寺事件
  • 翌年1862年に島津久光の大名行列を横切ったとしてイギリス人が切り殺され薩英戦争にまで発展した事件
    生麦事件
  • 同年1862年に品川の御殿山に建築中だったイギリスの公使館を高杉晋作、伊藤博文、井上馨などの長州藩藩士が襲撃した事件
    イギリス公使館焼き打ち事件
  • 1860年安政の大獄に耐えかねた水戸藩の脱藩藩士によって江戸城桜田門で井伊直弼が暗殺された事件
    桜田門外の変
  • 桜田門外の変で死んだ井伊直弼に代わって老中に就任した人物
    安藤信正
  • 安藤信正が行なった(公)朝廷と(武)幕府の融和を図った政策
    公武合体
  • 安藤信正が行った公武合体の一例
    14代将軍の徳川慶福の妻に孝明天皇の妹(和宮)を迎えた
  • 1862年に公武合体政策が気に入らなかった水戸脱藩藩士に安藤信正が江戸城坂下門外でしばかれて老中をやめた事件
    坂下門外の変
  • 1862年にこの後生麦が起こる島津久光が朝廷からのメッセージを勅使を使って江戸に幕政改革を要求し始まった改革
    (1862年)文久の改革
  • 文久の改革の影響で松平慶永が就任した役職
    政事総裁職
  • 文久の改革の影響で徳川慶喜が就任した将軍を補佐する役職
    将軍後見職
  • 文久の改革の影響で会津藩藩主の松平容保(かたもり)が就任した京都を防衛する役職
    京都守護職
  • 会津と薩摩藩が1863年に朝廷の実権を握り長州藩の急進派と公家の三条実美(さねとみ)を京都から追い出した事件
    (1863) 八月十八日の政変
  • 公家の中山忠光と土佐藩士の吉村虎太郎が尊王攘夷をしようとし、大和五条の代官所を襲撃した事件
    天誅組の変
  • 元福岡藩士の平野国臣(くにおみ)が但馬の生野代官所を襲撃した事件
    生野の変
  • 朝廷が合議のために有力大名を招集する物
    朝議参予 (徳川慶喜、松平容保、松平慶永、山内豊信、伊達宗城、後から参加したが信喜と喧嘩してやめた島津久光)
  • 1864年に新撰組局長の近藤勇が京都の攘夷長州藩士を殺傷した事件
    池田屋事件
  • 1864年に池田屋事件をきっかけに京都に長州藩が攻め上ったが、会津、桑名、薩摩の藩兵に撃退された事件
    禁門の変(蛤御門の変)
  • 1864年の禁門の変を受けて同年に幕府が諸藩と一緒に長州をしばきに行ったった戦い
    第一次長州征討
  • 1864年に幕府に貸しを作ろうとしたイギリス、フランス、オランダ、アメリカの四カ国が長州藩の下関砲台を砲撃した事件
    四国艦隊下関砲撃事件
  • 列強が1865年に兵庫にまで艦隊を送り込み翌年に幕府に調印させた不平等条約の悪化版
    改税役書 (関税率5%)
  • イギリス公使のパークスが期待した無力幕府ではなく天皇を中心とした雄藩の連合政権
    雄藩連合政権
  • 1863年にイギリスが鹿児島に生麦事件の報復に仕返しに来た戦争
    薩英戦争
  • 薩英戦争の影響で幕政の実権を掌握することになった薩摩下級藩士を2人
    西郷隆盛、大久保利通
  • 幕府を支持し財政、軍事の援助をしたフランスの公使
    ロッシュ
  • 四国艦隊に惨敗した経験をもとに長州藩の舵取りをいていくことになった長州藩尊王攘夷派 2人
    高杉晋作、桂小五郎(木戸孝允)
  • 高杉晋作が作った私兵隊
    奇兵隊
  • 第一次長州征討の後、あんまり従わなかった長州藩に幕府がもう一回しばこうとして宣言した物
    第二次長州征討 (家茂が死んで戦闘中止)
  • 1866年に土佐藩の坂本龍馬と中岡慎太郎が仲介して結んだ薩摩と長州の軍事同盟
    薩長同盟(薩長連合)
  • 五品江戸回送令の五品
    雑穀、蝋、呉服、水油、生糸
よく頑張りました
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