( )人がティベル河畔にローマを建設した
ラテン
北の( )人、南の( )人を征服して、ローマはイタリア半島を統一した
エトルリア、ギリシア
第2回ポエニ戦争の( )の戦いでローマは勝利した
ザマ
属州が増えて貧富の差が広がると、中小農民は没落し、「パンとサーカス」を要求する( )になった
遊民
( )戦争で、イタリアの全自由民がローマの市民権を要求した
植民市
閥族派の( )と平民派の( )が争った
スラ、マリウス
カエサルは( )の称号をうけた
インペラトル(凱旋将軍)
( )はクレオパトラと手を組み、オクタウィアヌスと戦った
アントニウス
アウグストゥスは( )と自称した
プリンケプス(第一の市民)
( )はストア派の哲人皇帝とよばれ、『自省録』を著した
マルクス=アウレリウス=アントニヌス
のちのロンドンとなる( )、のちのパリとなる( )、のちのウィーンとなる( )建設された
ロンディニウム、ルテティア、ウィンドボナ
季節風貿易では、東南アジアの( )や( )が珍重された
香辛料、絹
( )帝がアントニヌス勅令で帝国内の全自由民にローマ市民権を与えた
カラカラ
軍人皇帝時代には、北から( )人が侵入し、東では( )との争いが起きた
ゲルマン、ササン朝ペルシア
キリスト教徒はローマの神々を認めず、( )を拒否した
皇帝崇拝
( )による迫害で、ペテロやパウロなども殉教した
ネロ帝
5世紀ごろには( )ら教父たちが正統協議を深めた
アウグスティヌス
431年の( )公会議では、キリストの神性と人性を分離して考える( )派が異端とされた
エフェソス、ネストリウス派
ローマは( )を多用した建築が特徴である
アーチ