蜀では宰相の( )が活躍した
諸葛亮(孔明)
晋では定位をめぐる( )が起こり、周辺の遊牧諸民族を武力とした結果、周辺遊牧民が侵入した
八王の乱
五胡とは( )である
匈奴、羯、鮮卑、氐、羌
北魏の6代の( )は都を洛陽に移し、漢化政策をすすめた
孝文帝
西魏、東魏はそれぞれ( )になった
北周、北斉
南朝を4つ
宋、斉、梁、陳
3世紀ごろの朝鮮の王朝4つ
高句麗、辰韓、弁韓、馬韓
曹丕は( )の子である
曹操
孝文帝は、年齢や性別に応じて農民に土地を貸す( )を実施して、村落には戸籍調査や徴税のために( )を施行した
均田制、三長制
阮籍ら7人の学者を( )と呼ぶ
竹林の七賢
西域出身の( )や( )が華北での布教や仏典の漢訳で貢献した
仏図澄、鳩摩羅什
仏教の普及に刺激されて、中国固有の宗教である( )が成立した
道教
北魏の( )は新天師道をひらき、教団を確立した
寇謙之
中国東北地方の南部におこった( )は、南下して313年に( )を滅ぼして朝鮮半島北部を支配した
高句麗、楽浪郡
4世紀に、( )が馬韓を、( )が辰韓を統一した
百済、新羅
( )は燕王盧綰の家臣だったが、朝鮮半島に亡命して、その後朝鮮王になった
衛満
高句麗の( )は半島南部にも進出した
広開土王
新羅には、出身氏族によって身分を区別する( )があった
骨品制
新羅は、慶州の( )をはじめとする仏教寺院を各地に建立した
仏国寺
白村江の戦いで、( )の復興を支援する日本の援軍が新羅などに敗北した
百済