幕府の動揺と土一揆、応仁の乱

57101313 2026年02月16日 カード11 いいね0

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幕府の動揺と土一揆、応仁の乱
  • 室町幕府の第6代将軍である( ① )は、将軍の専制権力を強化するため、幕府に反抗的な態度をとっていた鎌倉公方の足利持氏を討伐した。1438年に始まったこの戦乱を( ② )という。
    ① 足利義教、② 永享の乱
  • 1441年、足利義教の強権的な政治に危機感を抱いた守護大名の( ① )が、自邸に将軍を招いて暗殺した事件を( ② )という。
    ① 赤松満祐、② 嘉吉の変(嘉吉の乱)
  • 室町時代、借金の帳消し(徳政)などを求めて、近江の馬借や各地の農民たちが団結して蜂起した行動を何というか。1428年の正長のものや、1441年の嘉吉のものが代表的である。
    土一揆
  • 1454年、鎌倉公方の足利成氏(しげうじ)が関東管領の上杉憲忠を暗殺したことに始まり、関東地方で約30年間にわたって続いた内乱を(    )という。
    享徳の乱
  • 1428年、近江の馬借の蜂起をきっかけに発生した、日本最初の本格的な土一揆を何というか。奈良の柳生には、この時に「これより以前の借金はなくなった」という内容が刻まれた石碑が残っている。
    正長の徳政一揆
  • 1441年の嘉吉の変による幕府の混乱に乗じて、近江の馬借や農民たちが京都へ押し寄せ、幕府に徳政令の発布を強く要求して、初めて幕府公式の徳政令を認めさせた一揆を何というか。
    嘉吉の徳政一揆
  • 室町幕府の第8代将軍であり、東山山荘(銀閣)を造営して東山文化を築いた( ① )と、その正室として実子を次期将軍に立てようと画策し、のちの応仁の乱の一因を作った人物は( ② )である。
    足利義政、日野富子
  • 8代将軍の足利義政の後継者争いや、管領家の家督争いがきっかけとなり、1467年に東軍の( ① )と西軍の( ② )が京都を舞台に激突した。11年間にわたって都を焼き尽くし、幕府の権威を失墜させて戦国時代の幕開けとなったこの大乱を( ③ )という。
    ① 細川勝元、② 山名宗全(持豊)、③ 応仁の乱
  • 戦国時代の幕開けとなった応仁の乱の最中、京都近郊の武士(国人)たちが団結して守護大名の畠山氏を追放し、8年間にわたって自ら政治を行った。このように、地域の武士や農民が結束して領主に抵抗することを( ① )といい、特に1485年に起きたこの出来事を( ② )と呼ぶ。
    ① 国一揆(くにいっき)、② 山城の国一揆
  • 戦国時代を象徴する言葉で、下の身分にある者が実力によって上の者を倒し、その地位を奪う社会風潮のことを(    )という。山城の国一揆で国人が守護大名を追放したことなどは、その代表的な例である。
    下剋上
  • 浄土真宗(一向宗)を再興した( ① )の教えを信じる門徒らが団結し、1488年に加賀国の守護である富樫氏を自害に追い込んだ出来事を( ② )という。
    ① 蓮如、② 加賀の一向一揆
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