第2回 歴史(1)ー主権国家の誕生

みら 2025年10月09日 カード21 いいね0

#国際政治学
現代の国際政治を構成する主権国家が、中世から近代へと移り変わるヨーロッパの歴史の中で形成されていった
過程をみていく。
⇒〔なぜ主権国家は近世ヨーロッパ(16世紀~18世紀)において誕生したのか?〕

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第2回 歴史(1)ー主権国家の誕生
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  • 現代世界の国際システを構成する基本的な単位
    主権国家
  • 主権国家の条件3つ
    ①領土②主権③国民
  • 中世ヨーロッパにおいてなんの影響が強かった?
    教会
  • 962 年のオットー1世の戴冠で成立した中世のドイツ国家の呼び名。西欧で最大最強の封建国家 として出発し、その皇帝は選挙で選出された点に大きな特色があった。11世紀が最盛期で、以後は衰退し、17 世紀半ばのウェストファリア条約で事実上解体したが、帝国の名称は1806年まで続いた。
    :神聖ローマ帝国
  • 主権が無い国家において宗教的な権威になっていたものは?
    ローマ教皇
  • 政治的権威としての存在は?
    神聖ローマ皇帝
  • 、ドイツ北部のヴィッテンベルクで修道僧。ローマ教皇庁による免罪符の販売 を批判し、教皇庁の腐敗を糾弾する意見書を提出した人物は誰?
    マルティン・ルター
  • マルティン・ルターが唱えた、、神の下ではすべての信者 が平等であるとする説は?
    万人司祭説
  • ・1555年アウクスブルクの宗教和議により、打ち立てられた原則
    1つの支配者、一つの宗教
  • ルター派はプロテスタントとして 認められたが、認められなかった同時期からスイスで始まった派閥は何?
    カルヴァン派
  • ・1618年ベーメン(現在のチェコ)で反乱が生じたのをきっかけに、カトリック対プロテスタントの最後にして 最大の宗教戦争
    三十年戦争
  • 三十年戦争の結果、1648年締結した条約
    ウェストファリア講和条約 この会議では、神聖ローマ帝国の領邦諸侯の(② )が認められ(法律制定や外交権)、さらに宗教 についても、アウクスブルクの宗教和議が再確認され、(⑦ ) 派も新たに信仰が 認められた。これにより、中世以来のヨーロッパの普遍的権威であった教皇権と皇帝権は弱体化されるにいたっ た。
  • ウェストファリア講和条約によって規定されるようになった体制
    「ウェストファリア体制」(主権国家体制)
  • 三十年戦争最中に『戦争と平和の法』(1625)をしるしたオランダ出身の国際法学者・外交官
    グロティウス
  • 、ヨーロッパにおける覇権をめざす野心的な権力 者による戦争が頻発した。近年ではこの130年ほどの時代を戦争の世紀として何と呼ぶか
    長い18世紀
  • 18世紀における国際政治を規定していった要素?
    ①主権国家②国際法③勢力均衡の原則
  • ある国が覇権を求めて勢力を拡大する場合他の諸国が対抗同盟を組んでこれを牽制し、抑え込むことで 各国の国益(独立や自由)の実現のみならずヨーロッパの安定とバランスを保つという政策。及び、それが望ましいという観念。
    勢力均衡
  • ルイ14世を牽制するような、神聖ローマ皇帝を中心とした同盟
    アウクスブルク同盟
  • ナポリタン1世の台頭に対するイギリスをはじめとする同盟
    対仏大同盟
  • 14世紀~19世紀初頭にかけてのヨーロッパは先進的な地域ではなかった根拠として、イスラーム世界と清王朝の中華帝国を挙げた。中国の制度の中で、周辺の異民族が皇帝に対して形式的に服属することを何という
    朝貢
  • 皇帝から封禄を与えられたり、王としての地位を認められることを何という
    冊封 自身の正当性を認めてもらったことになる
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よく頑張りました
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